2014-05-25

投票



久しぶりにハムドーと話すことができた。



彼によると、遺跡監視活動を承認してもらうため、いろいろ画策しているものの、周囲の理解が得にくいようで、非常に苦戦しているらしい。精神的にも疲労し切っているのが、書き送って来るメッセージの端々に現れる。事は遺跡の話に留まらない。たる爆弾の投下の激化なども、彼の精神の疲弊に一段と拍車をかけている様である。



彼の発する一言、一言が、鈍い刃物で体中をえぐられるような痛みを伴っている。



「誰も理解してくれない。革命家を気取っていた連中は国外に出てしまった。そして国外から僕のことを冷ややかにみているだけなんだ。」「今、回りに残っているのは哀れなお袋と、妹たちだけだ」



「2日前に、うちの近くにたる爆弾が落ちた。知ってるだろ、日本に住んでいる遠い親戚のA。あいつの家族が今回は巻き込まれた。彼の一家全部、一瞬に死んでしまった。遺体を探しに行ったよ。そして瓦礫の中から引きずりだした。みんな、ぼろぼろになっていた。」



「でも、わかる?こんな状況で、僕はあと数日したら、バッシャール・アサドに投票しに行かなきゃならない。なぜって?それより他に選択肢はないんだ。棄権?そんなことは出来っこない。だって僕はこんな状況でも、まだ考古総局から給料をもらっている。僕の家族の生活は僕にかかっている。



僕が投票に行かなかったら、全てがめちゃくちゃにされる。給料どころか、お袋の命が、妹達の命が、妹の夫たちの命さえがどうなるかわからない。」そして、「僕が投票しないと『祖国』が気を悪くするからね」と吐き出すように言った。



『祖国』? 思わず、聞き返す私に、ハムドーは答えた。



「『祖国』っていうのは、殺戮の決定権をもっていて、僕らに食い扶持を少しだけ与えてくれるって代物だ。「アメと鞭」ってやつさ。もし事が僕自身だけに関わるものだったら、大声でNOOOOOO!って言える。だけど、家族を守るためにはそんな自分の考えなんかに関わっていられない。」



「僕はその為に自分の自尊心なんかは捨てなければいけないんだ。なんてことはない。僕の自尊心や誇りなんかもうどうでもいい。そんなものは簡単に犠牲にしてやる。それで家族が少なくと生きては行ける」



「知ってる?たる爆弾で死んだ者の中にはよく知っている近所の子供達も居た。僕の親友の子供たちだ。瓦礫の中からバラバラなった遺体の部分、部分をこの手で集めた。爆撃の前日には、「おじさん、元気?」って、僕に挨拶してた子供たちだ。それが次の日には、ぼろ布のようになっていた。そして僕がそのぼろになった体を集めたんだ」



「それでもって、その同じ手で、投票に言ってバッシャール・アサドの名前を書くんだ。神に呪われろ、バッシャールと言ったその口で、我々はあなたが大好きです、バッシャール、と言って、彼に血を捧げるんだ。それが唯一残された、生きて行く道なんだ。」





「ごめん、なんだか必要以上にカッカ来てしまったかも知れない。」と彼は、少し気を取り直したが、そのあとすぐに何かの連絡が入ったようだ。「今、何かが起こったようだ。何かはわからないけど、行かないと」と書き残し、オンラインから消えた。



たる爆弾という安価で強力な殺傷力をもつ爆弾を後ろ盾に、茶番劇は続く。